「私はあの時、父に仮想通貨を教えたことを一生後悔するだろう」


秋雨が窓を濡らす夜中2時、眠りにつくかつかないか、薄れゆく意識の中でそんなことを考えていた。



話を巻き戻そう。


そう、あれはたしか今年の5月、ゴールデンウィークの話だ。

2017年のゴールデンウィークというのは、土日と祝日がつながり5連休になるという何年かに1度のビックイベントだった。

世間が5連休で浮かれて盛り上がっていることをよそに、別の場所ではまた違ったお祭り騒ぎとなっているところがあった。


そう、仮想通貨界隈である。


最近でこそ、仮想通貨参加者が急速に増え、大きな広がりをみせて盛り上がっているが、このブームの火付け役となったのが「ゴールデンウィークのお祭り騒ぎ」であると言っても過言ではない。


以前、記念として私が上位15銘柄の伸び方を1つにまとめたモノがある。





画像のとおり上位15銘柄すべてが短期間に著しく伸びている。


この中でも特筆すべきはリップルの上がり方である。

次のチャートを見てほしい。




見てのとおり、リップルに関しては上がり方が完全にバグっている。


そう、このように2017年のゴールデンウィークというのは、世間だけでなく仮想通貨界隈の人にとっても、まさに金が金を生む「黄金週間」だったのだ。



当時、仮想通貨のすばらしさを広めたいと思った私は、知人に「仮想通貨がいかにスゴイか」、「サトシナカモトの偉大さ」などを愉快に話してみせた。


知人も私が楽しそうに話すものだから口では笑っていたものの、目は笑っていなかった。

明らかに「コイツやべぇ…」という目をしていた。


これで分かったのは、友人知人に広めるのは「怪しいヤツ認定」されるリスクが高すぎることである。



職場の同僚に教えてあげるかとも考えたが、すぐにその選択肢はないと消去した。


なぜなら私はその時まだ銀行員だったので、仮想通貨をやっていることが万が一でも上に伝われば面倒だと思ったからである。


これでも社長さんたちの資産運用を任されておまんまを食っているお金のプロである。そう、誰がなんと言おうが私はプロだったのだ。


仮想通貨なんて怪しいモノに手を出しているなんてことが知られたら、何を言われるかわかったもんじゃない。


銀行でなかば強制的に買わされた投資信託をこっそり解約して仮想通貨を買ってしまったこともバレかねない。


こんなに楽しい仮想通貨ライフが危ぶまれてしまう、それは非常にマズい。



そうして導き出された答え、どんな場合でも絶対的な信用がおける人物…そう、「家族」である。


ちょうどゴールデンウィークだったこともあり、実家に帰省したついでに親父に仮想通貨のことを教えてみた。


結論から言うと、親父はドハマリした。親父は好きなのだ。そういうウマイ話の類が。


親父の辞書には「リスク」という言葉はない。「リ行」がごっそりとページごと辞書から抜け落ちていると言ってもいいくらいだ。
過去に不動産関係で騙され、保証人関係で騙され、現在の親父の借金は想像もつかない。


読者の皆さんには、いざという時に勝てず、いつも「ぐにゃあっ!」とさせられているカイジを想像してもらいたい。


もちろんそんな親父だからこそ、母は常に親父が怪しい動きをしないか見張っている。

今も実家にはいかがわしい電話が毎日のようにかかってくるため、母の強制で家の電話は常に留守電に設定されてある。


もう親父のカモップリ情報はガバガバの状態で業者に出回っているはずだ。あまりに色んな業者が当たり前のように知っているため、業者界隈では親父の個人情報は、どの業者でも自由に営業に使っていいよという「著作権切れのフリー素材」的に扱われているのではないだろうかと思ってしまう。


そして、そういう親父に仮想通貨をうっかり教えてしまったもんだからもちろんハマるのも当然である。



先日久しぶりに実家に帰省した。親父に仮想通貨を教えて約半年近くが経とうとしている。


親父にまだ仮想通貨投資をやっているか尋ねると、

「もちろん」だと答えた。


親父は仮想通貨を始めてこの半年、同じ屋根の下、母の監視をかいくぐりうまく仮想通貨投資を行っていた。

いつ見ても親父の母の監視に対する注意深さには感心させられる。

その注意深さをこれまでの「詐欺話」に向けられなかったものかと思ってしまう。


いくら親父とはいえ、この半年でそこそこ儲かったんじゃないかと聞いてみると、不敵な笑みを浮かべながらひとこと、


「俺はもうすでに一歩先を進んでいる」


と言った。



息子は思った。


「これはヤバイ」と。


どういうことかと思い、さらに深く聞いてみたところ、


「お前は知らんやろうが、ココだけの話、ノアコインっち知っとるか?」



息子は思った。


「ああ、お父様はそっちに行ってしまわれたのか。」と。



確かに父は一歩先を進んでいた。しかし、その進んでいる方向は、どうやらこれから息子が進んでいく方向とは違うようであった。

※父上が自慢気に見せてきた振込明細書(残高が少ないことは察していただきたい)




しかし、ここで問題が起きた。


久しぶりの実家ということもあり、つい大きな声で仮想通貨の話をしてしまい、これが別の部屋にいた母の耳に届いてしまったのだ。


母は文字通り、鬼の形相で部屋に入ってきた。


「あんた達、変なのに手を出してるやろ。」


その一言で、部屋の空気が一瞬にしてピンと張りつめた。少しでも気を抜いたら気絶してしまいそうになる。

母上は数少ない「覇王色の覇気」の持ち主なのだ。


親父はともかく、私は少なくとも「変なもの」に手を出しているつもりはないという自信があった。

仮想通貨は決して「変なもの」ではない。それはこれまでの仮想通貨ライフの中で積み上げてきた確固たる自信である。


私は

「変なものに手を出すわけない。これまでたくさんの人の資産運用のアドバイスをしてきた。これでも一応お金のプロだ。」

と言った。

そこには「銀行員」という過去の栄光を大いに振りかざして、母の説得に成功するスネ毛の濃いアラサー男子の姿があった。


しかし、親父はどうか。

親父には胸を張って「変なものをやっていない」と言える自信があるか。

おそるおそる親父の方を見てみた。

「ああ、ダメだ。」

私はそう思った。


親父から生気が感じられない。その姿はまるでライオンを目の前にしたウサギのようだった。


「な、なにもやっとらんよ。」


必死に絞り出した弱々しいその一言は、もはや母に聞こえていたのかどうかすら怪しい。


これを受け母上、ブチ切れる。その姿、もはや修羅のごとく。


こうして、仮想通貨投資とノアコインの存在を知った母上は、ネット上でこれらのことを調べる。

仮想通貨投資は価格変動が大きくリスクも高いこと、「ノアコイン」がネット上でボロクソに叩かれていることを知り、畳みかけるようにブチ切れた。


特にノアコインに対しての母の怒りっぷりは、凄まじいものがあった。

ノアコインの存在のおかげで、仮想通貨投資に関してはそこまで言われず、私は助けられた。


「ああ、ありがとうノアコイン。誰が何と言おうと君は素晴らしい通貨だよ。」

そう、心の中で思わざるを得なかった。



この1件により、親父に対する母の監視の目はさらに厳しくなることになった。親父の仮想通貨アカウントは事実上の凍結だ。

当然と言えば当然かもしれない。これまでの人生、自分が知らないうちに何度も破格の借金を家に持ち帰ってきているのだから。これ以上暴れ回られると母としてはたまったもんではないと考えているのだろう。


こうして仮想通貨大騒動はひとまず終わりを迎えた。


母に仮想通貨投資はほどほどにするように言われたものの、私は相変わらず仮想通貨投資を続けている。当然だ。一度動き出したブロックチェーンは誰にも止められない。



そして今日、親父から次の言葉とともに、1つの画像が送られてきた。




「エーセックコインっち知っとるか?」





親父はなんとASECコインを購入していた。ASECコインもノアコイン同様色々と言われている仮想通貨であるが、ここではあえて何も言わないつもりだ。


取引所を使っての一般的な仮想通貨取引ができなくなってしまった親父は、プレセールコインならバレないと踏んだのだろう。暴走するプレセールコイン収集マシーンとなっていた。


どうやら親父のブロックチェーンもまた、誰にも止められないようである。